Monthly Archives: September 2008

Perubahan…

Assalammualaikum warahmatullahi wabarakatuh

Minggu lalu banyak sekali perubahan yang terjadi di sekitar. Malam yang makin hari semakin sepi, karena suara nyanyian serangga yang kini mulai menghilang disebabkan suhu yang makin lama semakin turun. Angin musim gugur yang menyapa di setiap pagi dan petang, yang terkadang membuat rahang bergeretak karena kedinginan. Atau daun-daun sakura yang mulai menguning dan gugur satu per satu. Ya, musim gugur telah tiba. Bersama itu pula mulai terasa kering di bibirku ini, mungkin karena bibirku ini detektor paling ampuh untuk merasakan kelembaban udara.

Terkadang aku tak menyadari bahwa semua berubah, dengan irama yang begitu teratur. Bajkan kalau kita mau melihat perubahan itu lebih dekat maka kita akan takjub menyaksikan arsitektur perubahan dengan irama dan pola yang subhanallah, tak ada kata-kata yang pas untuk mengungkapkannya.

Perubahan merupakan keniscayaan, dan perubahan juga menjadi salah satu arti dari kehidupan itu sendiri. Kita tidak dikatakan hidup ketika kita tidak berubah,  ya.. perubahan adalah teman kita.

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ムスリムになったの話

アッサラームアライクムワラフマトゥッラーヒワバラートフ

ムスリム兄弟、姉妹のみなさんに平安がありますように。
みなさんこんにちは、私は日本人ムスリマのニサと申します。
生まれも育ちも福岡で、今は久留米に住んでいます。

まず最初に、今日、ここに招いてくださったPPIの方々、Muslimah Fukuokaの皆様へ感謝を述べたいと思います。どうもありがとうございます。

今日は私自身の話をするのですが、自分の感情や、経験談などになりますので、私の母国語である日本語でお話させていただきたいと思います。そして今日は仕事でこの時間には来ることができない夫の変わりに日本語の上手なレスティさんに無理を言ってインドネシア語の通訳をお願いさせていただきました。今日はみなさんどうぞよろしくお願いいたします。

さて、私が「イスラム教」そして「ムスリム」と初めて会ったのはなんと今から約14年くらい前、高校1年生の時でした。その人たちはインドネシアやマレーシア、バングラデッシュから来た農業研修生で私の高校のすぐそばで農業を学んでいました。当時私は国際交流にとても興味があり、すぐ彼ら、彼女らと仲良くなりました。

インドネシア人とマレーシア人が違う国なのに言葉が通じているのもその時初めて知り、
私はインドネシア語に興味をもちました。インドネシア語が分かればマレー語も分かると聞いて、外国語といえば英語しか知らなかった私にはインドネシア語はとても新鮮で、もしかしたら言葉を学べばもっと自分の世界が広がるかもしれない、もっと彼ら、彼女らと分かり合えるかもしれない、そう思ってすぐに本屋へ行き、独学でインドネシア語の勉強を始めました。今でこそインドネシア語会話の本はたくさんありますが、そのころはとても少なくて、私が買ったのは旅行会話の本でした。一番最初に覚えたインドネシア語は「あぱか あんだ むんぐるてぃ あぱ やん さや かたかん?」です。今でも忘れられません。

彼らと仲良くなっていくうちに、彼らが豚肉を食べない、お祈りをする、物を渡すとき左手を使おうとしない、そして女性はいつも頭にスカーフをかぶっている、暑い夏にもかかわらず長そで長ズボン、ほんの小さなことが気になるようになりました。彼らの国の文化なのかな?日本人はこんなことしないんだけど、どうしてって聞いてもいいのかな?失礼なのかな?と子供心に疑問を持っていました。ある時思い切って聞いてみました。すると彼らはシンプルに「私たちはムスリムだから」と答えてくれました。
「ムスリムって何?」そこで初めてムスリム=イスラム教徒という意味の言葉だと知ったのです。イスラム教・・ああ歴史の授業にちょっと出たな、え?でもあれってアラブの宗教じゃないの?私にとって、イスラム教はどこか遠くの、それこそアラブ地域の人だけが信仰する宗教だとばかり思っていたくらいです。
その時からなぜか私の周りにはインドネシアやマレーシアのムスリムの友人ばかりが増えました。そしてその友人たちを通して自然にイスラムの教えを見る機会が増えていったのです。断食やみんなでするお祈り、みんなで集まってする食事、そして家族を、特に母親を大事にする、それから、困っている人がいれば見返りを求めずに助け合う、本当に自然に、当たり前にする友人たちに私は驚くばかりでした。自分にはできないな・・高校生の私はまさに「異文化」の中にとまどう「ただの日本人」でした。

その後、私は大学へ進みました。キリスト教系の大学だったので必修科目に聖書があり、授業の合間には、チャペルでの礼拝もありました。キリスト教ではないのでこの授業は正直苦痛以外の何者でもありませんでした。聖書の意味がわからないのです。ただの物語?ここからどんな教えを読み取ればいいのだろう、読むのも大変、でも単位は落とせない。私は大学での話をムスリムの友人たちに話しました。
すると彼らはこんな話をしてくれました。

「知ってる?聖書は歴史的に何度も何度も書き換えられているんだよ。でもイスラムのクルアーンは今まで一度も書き換えられたり、手直しされたことがないよ。アラビア語のままだよ。ずっと同じものを世界中のムスリムが読んでいるんだよ」

私はこの長い歴史の中で一度も書き換えられたことがない、と言う話に心を動かされました。半信半疑だった私はきちんとイスラムを調べてみる価値があるかもしれない、と思いそれからいくつか本を読んでみました。

彼らの話は嘘ではなかったのです。
クルアーンはいろいろな国の言葉で「解釈や説明」はされているけれどクルアーンそのものの書き換えは禁じられていること、そして世界中のムスリムがそのクルアーンを読み、変わらないよう守ってきたという事実、その反対にキリスト教の聖書は何度も何度も書き換えられてしまっていることを知り、そのときなぜかわからないけれど、突然「私が学ぶべきものは聖書ではなくイスラムだ!」という気持ちになったのです。

私はどうしたらイスラムを勉強できるだろう、本ではなくて、体感できるようなきっかけはないだろうか、と考えるようになりました。その私の気持ちを聞いたマレーシアの友人が「私のお母さんは子供たちにイスラムや、クルアーンの読み方を教えていますよ。マレーシアに来て見ませんか?」と言ってくれたのです。ああ、そうだ、イスラムの国に行けばいいんだ、と私はすぐに決断し、アルバイトをして、旅費をためて大学1年の春休み一人でマレーシアへ行きました。
その友人の家でホームステイをさせてもらうことになったのです。

私は何も知らずに行ったのですが何とその時断食中で3日後はイードルフィトゥリ、というタイミングでした。アルハムドゥリッラー、このときからすでにアッラーは私のために道を作っていてくださったのです。ホームステイさせていただいたところでは、毎晩子供たちがやってきて一生懸命クルアーンを読む練習をしていました。初めて見るその光景に感動しながら私も子供たちに混じってイクロを少し教えてもらいました。小さい子供のうちからイスラムを学ぶ習慣があることに驚きましたが、むしろこのくらい小さなときからやれば信仰心が身につくのは当たり前だな、と妙に納得したのを覚えています。

ちょうどラマダンだったので断食をする意味教えてもらうことができ、これは私もやってみたいと思い、次の日からイードまでみんなと一緒に断食に挑戦することにしました。ニーヤがなければ断食の意味がないと聞いたので私は心の中で「私にイスラムを教えてください、断食を通してイスラムの良さを教えてください」とニーヤ(niat)を立てました。

ホストマザーは「辛かったらやめていいのよ。無理しないでいいよ。イスラムを知りたいって言ってくれて嬉しいよ」そう言って私の体を心配していましたが、断食の意味を知ったら辛いとか、苦しいとは言えませんでした。食事を食べられない人の気持ちを自分の体で理解する。なんて分かりやすい教えなんだろう。そんなシンプルな教えをずっと守り続け、今でも変わらないクルアーン・・・イスラムってすごい!それから私は真剣にイスラムについて考えるようになったのです。

その後もムスリムの友人たちを通してわからないことがあると質問し、自分のペースでイスラムを学んでいきました。でもいざとなるとやはりシャハーダをする勇気がなくてそのまま4年近くの時間が過ぎました。ムスリマになるのなら基本的なことは知っておかなければいけないのでは?私がムスリムになったら両親や友人はどう思うだろう?日本でムスリムとして生きていくのはとても大変では?日本人の友人にもムスリムはいないし・・・とにかく心の中は迷いでいっぱいだったのです。

でもできるだけムスリムの人たちと同じような生活を心がけて断食をしてみたり、豚肉を食べないようにして自分の気持ちが本当にイスラムを受け入れられるのか自問自答を繰り返しました。その気持ちを理解してくれたムスリムの友人たちは決して「早くシャハーダしてムスリムになれば!」とか「いつムスリムになる?」なんて言いませんでした。ただじっと私のためにみんなが祈ってくれていたのです。「無理やりシャハーダしても意味がないし、本当に心からイスラムを受け入れられるようにアッラーが道を用意してくれるから」みんな同じことを言ってくれたのです。これが一番私の気持ちを落ち着かせてくれました。
あせらなくていい、イスラムが自分にとって真実ならば必ず道は開ける、そう思うと気持ちが楽でした。

1999年に私は今の夫に出会いました。夫は私がイスラムに興味があること、イスラムを受け入れるかどうか迷っていることを知っていましたが、彼は私が聞かない限り自分からイスラムではこうなんだよ、とかイスラムはこんなにすばらしいよ、と言う人ではありませんでした。私が今まで出会ってきた友人たちとは違うタイプで、最初はとまどいました。
ある時、彼に「ムスリムを見てイスラムを判断してはいけない」と言われたとき、はっとしました。私の中に、確かにイスラムに対して怖い印象もあったからです。
「ムスリムだけどイスラムの教えを守らない人だっている、そんな人を見てイスラムってこんなこともしていいんだ、そう思われるのが一番残念だから」と言われたとき、イスラムに関して多くを語らない彼の中にある彼の信仰心、アッラーへ対する深い思いを感じました。「何も言わなくてもイスラムは素晴らしいんだ」という彼の強い心は私の心を動かしました。そして同時に、私は多分ムスリマになって彼と一緒に生きていくことになるかもしれない、と直感で思いました。

2000年になって私はシャハーダをする決心ができました。ジャカルタの小さなマスジッドでした。シャハーダをした時キアイに「今日からあなたはムスリマです。生まれたばかりの赤ちゃんと同じです。今までの罪は消え、新しい、ムスリマとしての人生の始まりです。」
と言われた瞬間胸がいっぱいになって涙がこぼれました。今までの迷いや、最後の最後までムスリムになることを許してくれなかった両親の顔を思い出しながら、これから私はムスリマとして生きていくんだという気持ちでいっぱいでした。

その一ヵ月後にランプンでアカニカをし、私と彼は夫婦になりました。夫の実家は南スマトラにありましたが私が日本人で何かとまだ手続きが残っていたのでジャカルタに近いランプンでアカニカをすることになったのです。私はアカニカはどうしてもマスジッドでしたくて夫や夫の家族にその気持ちを伝えました。ムスリマになって、自分の人生の大きな変わり目の結婚を、アッラーの家だと言われるマスジッドでできれば、きっとアッラーがたくさんの祝福を与えてくれるのではないか、なぜだか分からないけどその時そう思ったのです。
そのマスジッドでは外国人とインドネシア人のアカニカは初めてのことだったので夫の家族や親戚以外の多くの人が集まってくださいました。たった一人でインドネシアに来てムスリマになった何も知らない日本人を家族のように受け入れてくれて、祝ってくれたインドネシアの方々の温かさに自分の家族とはまた違う愛の形を感じました。ムスリム同胞の愛、と言うものです。

私がムスリムになって丸7年たちました。インドネシアに約1年ほど暮らしたあと、日本に戻って最初のころはジルバブをかぶっていませんでした。私がジルバブをするようになったのは6年前の911のアメリカ同時多発テロがきっかけでした。メディアではイスラム教が一斉に非難されていましたが、私はムスリマとして何も恥ずかしがることはない、テロリストとムスリムを同一視されるのはおかしい、そう思ったらジルバブをせずに外へ出ることが急に恥ずかしくなったのです。ジルバブをしていれば、守られているようなそんな安心感をえました。

私の両親はアメリカでたくさんのムスリムが迫害を受けているのをニュースで知り、見た目でムスリムだと分かると嫌な思いをするかもしれない、とジルバブをして外出する私をとても心配していました。最初は目立つし、勇気のいることでしたが何かに守られているような安心感があり、今では服を着るのと同じような感覚になってきました。
両親にとっても私がジルバブをする姿はもう慣れたようです。

でも日本の家族にイスラムを自分の宗教として受け入れてもらえるにはまだ時間がかかると思います。ありがたいことに、最初ムスリマになることを反対していた両親ですが、今では理解を示してくれて私たちの食事などにも気を使ってくれています。「お互いを理解しあうこと、それは宗教や民族を超えてとても大事なこと」といつも母は言います。

私は、日本人の友人に会うときもムスリマの姿で行くようにしています。イスラムを知ってもらうきっかけはどこにあるかわからないものです。幸い私の日本人の友人は昔から私がイスラムを学んでいたことを知っていて、特に偏見を持たずに昔と変わらず付き合ってくれます。食事に行くときも私たち一家に合わせてくれます。こうやってお互いを思いやれることはとてもありがたいことです。自分の周りの家族や友人から、少しずつ理解してもらえればイスラムのイメージは変わっていく、私はそう思っています。

私は日本人に「イスラムってもっと怖いイメージだった」と何度も言われました。それくらい日本人にとっては未知の宗教なんですね。でも実はイスラムの教えは私たち日本人が昔持っていた「道徳観」と似ているのです。今は便利な世の中になりすぎて日本人は忘れてしまっている人が多いけれど、案外日本人に向いているのはイスラムじゃないかといつも思います。みなさんもそう思いませんか?

それから、今一番心配なことは息子たちへのイスラム教育です。私はボーンムスリムではないのでイスラムの知識には限界があるし、どうしても間違ったことを教えてしまうのではないか、と不安になりがちです。これは私自身も悩むところですが、本当に、本当によく相談を受けます。多くはインドネシア人と結婚した日本人女性からです。教えなければいけないのは分かっているけど何もわからないままだからという方がほとんどです。福岡では月に一度日本人とインドネシア人の夫婦で集まってイクロや、イスラムの知識を一緒に勉強する集まりを楽しくやっていますが、やはり日本語で、ゼロからはじめられる初心者でも優しく学べる機会があればそういう日本人の妻たちは助かると思います。福岡にマスジッドができたら、イスラムになったけれど、まだイスラムがよくわからないという日本人のためにみなさんの力を貸してくださると本当にありがたいと思います。

ずいぶん長くなってしまいましたが、この辺で私の話を終わりにしたいと思います。
この後何かご質問などがあれば質疑応答の時間があるそうですのでそこでお答えできれば、と思います。もし私の話の中でみなさんに不快な思いをさせてしまったら申し訳ありません。この時間をみなさんとともに過ごせたことをアッラーに感謝したいと思います。

みなさんにアッラーのご加護と祝福が豊かにありますように。アーミン。

ワッサラームアライクムワラフマトゥッラーヒワバラカートフ

Khairun Nisa’

ルールを守るのは人間の成長をサポートするのです。

assalammualaikum warahmatullahi wabarakatuh

pada salah satu channel televisi Jepang, ada sebuat program, dimana seorang senpai yang telah sukses di bidangnya kembali ke almamaternya untuk share berbagai pengalaman sang senpai kepada para kouhainya. Pada kesempatan itu, dihadirkan sebuah sekolah dasar,鹿児島市立鴨池小学校 di kawasan Kagoshima, salah satu ken di pulau Kyushu. Kali ini senpai yang dihadirkan adalah seorang wasit sepak bola, 上川徹, salah seorang wasit terbaik di Jepang yang pada saat pilai Dunia Jerman 2006 kemarin menjadi perwakilan assosiasi wasit Jepang untuk memimpin pertandingan paling bergengsi itu.

pada kesempatan kali ini, kamikawa san menyampaikan pemahaman sebuah filosofi tentang rule, yang ia dapatkan selama ia bergelut dalam dunia persepakbolaan. Ia mencoba memberikan pemahaman kepada para siswa kelas 6 SD, mengapa harus ada rule di dunia ini. Ia juga mencoba menghancurkan cara berpikir bahwa rule adalah sesuatu yang mengekang kita, rule adalah sesuatu yang mengkungkung kebebasan kita. Ia mencoba mengubah cara berpikir negatif tentang rule, dan ia ingin menunjukkan bahwa rule itu merupakan keniscayaan dalam kehidupan manusia.

Di sebuah lapangan futsal indoor, kamikawa san menyuruh sang anak bertanding futsal, tapi tanpa peraturan. Alhasil terjadilah pertandingan yang berantakan setiap orang bertanding dengan seenaknya, ada yang menggiring bola dengan kaki, ada juga yang ketika mendapatkan bola, memegangnya dengan tangan dan menyimpannya dalam pelukan dan membawanya lari bak pemain Rugby. Dan setelah permainan setiap orang luar biasa kehabisan tenaga.

Kemudian setiap anak dipersilakan memberikan tanggapannya tentang permainan tanpa aturan tersebut, dan yappari tak seorang pun bilang kalau mereka menikmati permainan tanpa aturan itu. Setelah itu setiap team disuruh berkumpul dan diperintahkan untuk membuat peratutan mereka sendiri, dengan jyouken setiap team, yang beranggotakan putra maupun putri itu bisa menikmati permainan.  Kemudian peraturan yang telah mereka buat, mereka praktekkan, kemudian bagian2 yang terasa kurang pas kembali mereka perbaiki melalui muyawarah, setelah itu mereka berdialog dalm grup yang lebih besar hingga akhirnya terbuatlah sebuah peraturan hasil musyawarah kelas. Dan setiap team bertanding dan menikmati pertandingan. Di akhir permainan setiap anak menunjukkan wajah kelelahan tapi dengan senyum yang berseri seri, karena baik putri maupun putra bisa menikmati permainan, dan terlebih lagi permainan tersebut mereka buat sendiri.

Di akhir program itu, kamikawa san memberikan kesimpulan-kesimpulannya. Bahwa tak hanya peraturan pada pertandingan saja, tapi peraturan di semua dimensi kehidupan kita memang dibuat agar semua berjalan dengan baik. Justru ketika kita peraturan itu bisa berjalan dan ditaati dengan baik setiap kita akan memperoleh kebebasan. Bahkan yang lebih menarik bagi saya ketika ia berkata, menaati peraturan adalah faktor penting yang menunjang kita untuk berkembang. Bagaimana tidak, misalnya dalam sepak bola, setiap team dituntut untuk menang,dan dengan tetap menaati peraturan dan saat itulah kita dipacu untuk bisa berpikir dan berkreasi untuk bersiasat meraih kemenangan, dan saat itulah kita berkembang.

Begitu juga dalam kehidupan, apakah semua peraturan hidup dibuat untuk mengekang kita. Tidak sama sekali, semua itu ada adalah untuk menjaga kemanusiaan kita. Ya, karena peraturan adalah pakaian buat manusia yang akan menjaga agar dirinya tetap menjadi makhluk yang mulia. Justrus ketika kita berlaku seenaknya maka saat itu maka kita melepaskan mahkota “makhluk yang mulia” , dan menanggalkan kemanusiaan kita.

wassalammualaikum warahmatullahi wabarakatuh

Seorang nenek,104 tahun, yang menjadi announcer

assalammualaikum warahmatullahi wabarakatuh

alhamdulillah, hari Rabu minggu ini telah selesai UAS semster 1, insyaallah minggu depan hasilnya dah keluar. Mudah2an bisa dapet yang terbaik. Mohon doanya ya. Setelah UAS selesai, sementara gak ada kelas di sekolah, semester 2 baru mulai tanggal 22 September nanti. Sudah lama juga sejak kembali ke Jepang bulan lalu, gak nonton televisi. Akhirnya puter-puter channel, sebagian besar televisi Jepang sedang dibanjiri berita pemilihan Perdana Menteri yang baru setelah kemunduran mantan Perdana Mneteri Fukuda beberapa waktu lalu. Pemilihan kali ini diikuti oleh 5 orang, dan salah seorang diantaranya adalah wanita.

Ada yang menarik lagi di televisi Jepang hari ini, yaitu cerita tentang salah seorang nenek-nenek yang menajdi presenter televisi di usianya yang bisa dibilang cukup lanjut, yaitu 104 tahun. nenek itu bernama Mori Shino yang sering dipanggil Shin chan, walaupun pendengaran dan pembicaraannnya tak lagi sebaik dulu tapi dengan semangat ’45’nya nenek ini menyiarkan berbagai macam liputan.

Yang menarik bagi saya adalah dalam acara kali ini pun dibahas rahasia dibalik begitu sehatnya nenek ini, sampai usianya yang ke-104 tahun ini bisa dibilang beliau sangat jarang berurusan dengan dokter, ataupun rumah sakit. Setiap hari dia selalu makan sayuran yang diambil dari kebunnya sendiri, dan seperti yang kita tahu tak banyak minyak, kolesterol terkandung disana. Lalu sampai hari ini pun setiap pagi dia masih menjalani rutinitasnya berkebun, berjalan menuju kebun melewati sebuah tanjakan yang cukup curam, lalu membersihkan rumput yang ada di kebunnya selama 4 jam setiap harinya, lalu dua kali dalam seminggu beliau rutin melakukan olahraga pukul mirip golf.

Luar biasa beliau jadi inspirasi bagi para orang-orang tua lainnya untuk tetap produktif di usia-usia lanjutnya. Dan tentunya jadi cambuk buat anak-anak muda supaya bisa melakukan lebih, dan yang terpenting kita bisa belajar juga dari beliau tentang memlihara dan menjaga kesehatan tubuh kita. Bukankah di dalam badan yang sehat tedapat jiwa yang kuat?

wassalammualaikum warahmatullahi wabarakatuh

Ramadhan telah lewat sepuluh hari

assalammualaikum warahmatullahi wabarakatuh

Bulan yang dinanti-nantikan sepanjang tahun itu kini telah lewat sepeuluh hari. Mudah2an saja kita masih diberi kesempatan oleh Allah untuk bisa menyelesaikan dua puluh hari berikutnya, dan bisa betul-betul memanfaatkannya. Karena mungkin saja ini Ramadhan yang terakhir buat kita. Madrasah Ramadhan merupakan training langsung dari Allah untuk segenap umat manusia, kita dilatih untuk bisa menahan diri dari hal-hal yang secara manusiawi sangat kita senangi. Karena pun sebagian besar dari hal-hal yang bisa menjerumuskan kita ke dalam neraka adalah hal-hal yang amat menyenangkan buat diri kita.

Tak sedikit memang pertanyaan tentang bagaimana Ramadhan di negeri orang, apalagi di negari yang sebagian besar penduduknya adalah non muslim. Ya, tak ada pernah yang namanya libur awal puasa dan libur Lebaran tentunya. Tapi itu sama sekali hambatan buat kita, justru bukankah kita harus makin lebih produktif ketika kita sedang berpuasa? Paling tidak kita bisa mengisi waktu-watktu yang biasa kita gunakan untuk sarapan, makan siang, atau ngemil-ngemil dengan sesuatu yang lebih bermanfaat.

Alhamdulillah, ini Ramadhan kedua saya di Jepang, belajar banyak dari Ramadhan pertama, banyak hal-hal yang bisa saya siasati sekarang. Tentunya cobaan dan tantangan di sini berbeda dengan di Indonesia. Mulai dari kondisi cuaca, kondisi masyarakatnya, serta bentuk kegiatan Ramadhan yang diselenggrakan oleh komunitas muslimnya. Walau banyak kita sering mendengar bahwa ketika kita di Indonesia kita akan bisa merasakan lebih nuansa Ramadhan, saya tidak begitu setuju ketika kita berada di negeri non muslim lalu kita harus kehilangan nuansanya. Bukankah sebaiknya kita buat sendiri nuansa tersebut. Kita hadirkan nuansa itu dari dalam diri kita, di sudut-sudut kamar kita, di detik-detik yang kita lewati.

Ramadhan tak pernah memilih tempat untuk membagi berkahnya. Justru kita lah yang memilih untuk bisa bergabung dalam madrasahnya atau tidak..

wassalammualaikum warahmatullahi wabarakatuh

Cerita pencarian seorang insan akan hakikat kebenaran

Assalamualaikum wr. Wb.

 

Semoga kedamain diberkahkan untuk saudara dan saudariku muslim semuanya.

Selamat siang, saya orang Jepang Muslim, nama saya Nisa

Saya lahir dan besar di Fukuoka, tetapi sekarang berdomisili di Kurume.

 

Pertama-tama, saya mengucapkan rasa terima kasih yang sebesar-besarnya untuk muslimah Fukuoka yang sudah mengundang saya hari ini.

 

Hari ini saya akan menceritakan kisah diri saya, kesan dan berbagi pengalaman. Menurut saya akan lebih baik semuanya diceritakan dalam bahasa ibu saya, bahasa Jepang. Sebagai ganti suami saya yang hari ini ada halangan karena pekerjaan, saya meminta bantuan adik Resti sebagai penterjemah hari ini.

 

Pertama kali saya mengenal “Agama Islam” dan “Muslim” bermula sekitar 14 tahun lalu. Saat itu saya sekitar kelas 1 SMU. Semua ini berkat para trainee yang berasal dari Indonesia, Malaysia, dan Bangladesh yang belajr di sebelah sekolah saya. Saat itu saya sangat tertarik dengan hubungan internasional, dan langsung akrab dengan mereka.

 

Saat itu pulalah saya baru tahu kalau Indonesia dan Malaysia walau berbeda Negara tapi bahasa masih dapat saling mengerti. Saya tertarik dengan bahasa Indonesia, karena saya dengar kalau bisa bahasa Indonesia akan bisa paham juga bahasa Melayu. Saya yang saat itu hanya bisa bahasa Inggris, bahasa Indonesia terasa sangat baru. Saya berpikir kalau saya belajar bahasa Indonesia, wawasan saya juga akan semakin luas, dan dapat mencapai pengertian yang lebih baik dengan para trainee. Kemudian saya pun langsung pergi ke toko buku dan belajar bahasa Indonesia secara otodidak. Sekarang memang banyak buku untuk belajar bahasa Indonesia, tapi saat itu buku sangat sedikit dan yang saya beli buku percakapan wisata bahasa Indonesia. Kalimat pertama yang saya pelajari “Apa anda mengerti apa yang saya katakan?” Sampai sekarang pun saya masih ingat.

 

Saat berteman dengan mereka, jadi tahu kalau mereka tidak makan daging babi, melakukan ibadah shalat, dan para wanita muslim mengenakan jilbab dan walau panas sekalipun mengenakan baju lengan panjang dan celana panjang. Hal-hal kecil itu membuat saya penasaran, apakah itu budaya Negara mereka? Di Jepang tidak ada budaya seperti itu, saya jadi seperti anak kecil yang bertanya-tanya apa tidak apa-apa kalau saya tanya kenapa? Sopan tidak ya tanya begitu? Suatu hari saya beranikan diri bertanya dan jawaban dari mereka pendek saja, “karena kami muslim”

 

Muslim itu apa? Saat itu untuk pertama kalinya saya tahu kalau muslim=orang yang beragama Islam. Agama Islam…? Dalam benak saya saat itu sepertinya saya pernah dengar kata “Agama Islam” dan agak heran bukankah itu agamanya orang di Arab? Bagi saya Agama Islam terasa sangat jauh, dan agama yang hanya dipercaya oleh orang-orang yang ada di jazirah arab.

 

Sejak saat itu entah kenapa para muslim dari Indonesia dan Malaysia makin banyak di sekitar saya. Dan berkat merekalah saya jadi bisa tahu lebih banyak mengenai ajaran agama Islam. Mengenai bulan puasa, shalat 5 waktu, makan bersama, sangat menghormati ibu, dan saling tolong menolong saat melihat ada yang kesusahan. Semuanya berjalan begitu alami dan membuat saya terkejut. Saya tidak yakin bisa lakukan yang mereka lakukan. Saat itu saya benar-benar terasa menjadi “Orang Jepang” yang terhenyak dalam perbedaan budaya.

 

Setelah itu saya pun melanjutkan ke perguruan tinggi. Karena universitas agama Kristen, kitab suci jadi salah satu mata kuliah wajib yang bahkan ada misa yang dilakukan dalam gereja. Karena saya bukan penganut agama Kristen, yang saya rasakan hanya kebosanan. Saya sama sekali tidak paham isi Injil. Yang saya rasakan di Injil hanyalah “cerita?” dan tidak tahu apa yang harus dipelajari dari isinya. Membaca saja sudah susah, tapi saya butuh nilai. Saya pun bercerita tentang mata kuliah itu ke seorang teman muslim. Dan kemudian dia pun bercerita.

 

Kau tahu? Injil itu isinya sudah berkali-kali diganti dan diubah. Tapi Al-Quran sampai sekarang tidak pernah diubah isinya atau ditulis ulang sekalipun. Tetap dalam bahasa Arab. Para muslim di seluruh dunia selama ini terus membaca al-Quran yang sama. Begitulah katanya.

 

Mendengar cerita bahwa al-Quran dalam sejarah yang selama ini tidak pernah diubah menggugah hati saya. Setengah percaya dan tidak, saya percaya mungkin ada baiknya jika saya pelajari lebih jauh tentang agama Islam, dan saya pun mulai membaca beberapa buku mengenai agama Islam.

 

Ternyata mereka tidak berbohong. Di banyak Negara memang ada berbagai “penterjemahan dan penjelasan” tapi al-Quran sendiri dilarang untuk diubah. Kemudian saya pun jadi tahu kalau para muslim di seluruh dunia membaca al-Quran, dan berusaha untuk menjaga keaslian isinya. Sebaliknya dalam agama Kristen, injil telah diubah dan diganti berulang kali. Entah kenapa tiba-tiba saja saat itu saya jadi yakin kalau yang harus saya pelajari bukanlah Injil melainkan agama Islam.

 

Berawal dari hanya membaca saya pun mulai berpikir bagaimana caranya bisa mempelajari agama Islam. Bukan hanya dari membaca tapi bagaimana caranya saya bisa benar-benar merasakan sendiri. Mendengar hal itu salah seorang teman dari Malaysia berkata, “Ibu saya mengajarkan car abaca al-Quran untuk anak-anak. Bagaimana mau coba datang ke Malaysia?” Benar juga ya, kenapa tidak pergi ke Negara muslim, berpikir begitu saya langsung memutuskan untuk pergi ke Malaysia. Setelah bekerja paruh waktu dan mengumpulkan uang untuk perjalanan, saat liburan musim semi saya melakukan perjalanan ke Malaysia, sendirian.

 

Keluarga teman saya menerima saya tinggal di rumahnya.

 

Saya pun berangkat ke Malaysia tanpa mengetahui apa pun, dan ternyata saya datang saat bulan puasa 3 hari menjelang lebaran idul fitri. Syukur alhamdulillah, ternyata itu jadi jalan yang ditunjukkan oleh Allah SWT, kepada saya. Di tempat saya tinggal, anak-anak belajar membaca al-Quran dengan giatnya. Sambil terkagum-kagum melihat anak-anak saya pun ikut gabung dan belajar iqro. Saya masih ingat saat itu saya sempat kaget melihat mereka sudah belajar mengenai agama Islam dari dini, tapi saya juga jadi paham kalau sudah dari sekecil itu wajar saja mereka jadi amat mematuhi ajaran Islam.

 

Kebetulan saat kedatangan saya di bulan Ramadhan, saya pun diajari makna dari berpuasa. Saya jadi ingin coba ikut berpuasa, dan memutuskan mulai keesokan hari sampai hari raya idul fitri akan ikut berpuasa bersama yang lain. Karena saya dengar kalau tidak berniat, puasanya akan sia-sia saja, dalam hati saya berkata dan membaca niat “Ajari saya agama Islam, melalu puasa, turunkanlah ajaran Islam pada saya.”

 

Keluarga tempat saya tinggal sempat mengkhawatirkan kondisi badan saya dan berkata, “Kalau berat, berhenti saja tidak apa-apa. Jangan memaksakan diri. Sudah niat mau ikut puasa saja kami sudah senang.” Tapi karena saya sudah tahu makna dari puasa, saya tidak bisa bilang berat, atau tersiksa. Saya ingin memahami penderitaan mereka yang tidak bisa merasakan nikmatnya makanan dengan mengalaminya sendiri melalui berpuasa. Saya benar-benar berpikir alangkah mudahnya ajaran Islam, ajaran yang sederhana ini terus dijaga dan diteruskan, ditambah dengan al-Quran yang tetap tidak berubah sampai sekarang. Betapa luar biasanya agama Islam. Sejak itulah saya mulai benar-benar serius memikirkan tentang agama Islam.

 

Sejak saat itu setiap ada yang tidak saya pahami saya selalu bertanya pada teman muslim, dan mempelajari agama Islam sesuai dengan kemampuan saya. Tapi terus tidak berani membaca dua kalimat syahadat dan hamper 4 tahun pun berlalu. Banyak hal yang membuat saya ragu, seperti, “Apakah tidak lebih baik jika pelajari lebih banyak tentang agama Islam baru masuk Islam?” Atau, “Bagaimana pendapat orang tua dan teman-teman kalau saya masuk agama Islam?” Atau, “Menjalani hidup sebagai muslim sepertinya tidak mudah…, dan lagi tidak ada teman orang Jepang yang muslim….” Dan banyak keraguan lain

 

Saya pun mencoba sebisa mungkin berpuasa sambil melakukan kegiatan seperti muslim lainnya, mencoba tidak memakan daging babi, dan menjalani hidup sambil berulang kali bertanya kepada diri sendiri apakah saya sudah siap untuk menjadi seorang muslim. Teman muslim yang memahami perasaan saya tidak pernah sekali pun memaksakan saya untuk masuk agama Islam secepatnya atau bertanya kapan saya akan masuk agama Islam. Mereka hanya berdoa dengan tenang untuk saya. Mereka semua mengatakan hal yang sama bahwa tidak ada gunanya memaksakan diri untuk masuk agama Islam. Jika memang sudah ada hidayah dari Allah SWT, pasti akan masuk dan berjalan di jalannya. Perkataan inilah yang meringankan perasaan saya kalau saya tidak perlu terburu-buru dan kalau memang Islamlah yang jadi kebenaran untuk saya, pasti jalannya akan terbuka.

 

Pada tahun 1999 saya bertemu dengan suami saya. Suami saya tahu rasa ketertarikan saya pada agama Islam, dan keraguan saya untuk memeluk agama Islam. Tapi kalau saya tidak bertanya, suami saya bukan tipe orang yang akan membanggakan agama Islam kalau Islam ini begini atau begitu. Sama sekali berbeda dengan muslim yang saya temui sampai saat itu, dan saya sempat ragu. Saat itu dia pun berkata, “Jangan menilai Islam dari perilaku muslim” dan itu membuat saya terkejut. Memang benar karena ada kesan yang menakutkan mengenai agama Islam.

 

“Walaupun muslim, tapi ada juga orang yang tidak benar-benar menjaga ajaran agama Islam. Melihat mereka dan berpendapat kalau hal seperti itu diperbolehkan dalam agama Islam, sangatlah disayangkan” Saat dikatakan begitu, saya merasakan walau tidak banyak berkata mengenai Islam, tapi betapa besar dan dalam cintanya kepada Allah SWT. Tanpa kata-kata sekalipun agama Islam itu luar biasa, perasaan suami saya itulah firasat saya berkata kalau saya akan masuk agama Islam dan menjalani sisa hidup bersama dengan dia.

 

Tahun 2000, saya bertekad untuk membaca dua kalimat syahadat. Bertempat di sebuah masjid kecil di Jakarta. Saat membaca dua kalimat syahadat, pak Kyai berkata, “Sekarang dirimu sudah menjadi seorang muslim. Sama halnya seperti bayi yang baru lahir. Dosa-dosa selama ini dihapus, dan memulai hidup yang baru sebagai seorang muslim.” Mendengar hal itu perasaan saya jadi sangat terenyuh dan airmata pun mengalir sambil mengingat kedua orang tua saya yang sampai detik terakhir tetap tidak bisa menerima keputusan saya untuk menjadi seorang muslim dan mulai sekarang saya akan menjalani hidup sebagai seorang muslim.

 

Satu bulan setelah itu saya melakukan akad nikah di Lampung, dan resmi menjadi suami istri. Sebenarnya suami saya berasal dari Sumatera Selatan, tapi karena saya orang Jepang dikarenakan alasan administratif saya melakukan akad nikah di Lampung yang dekat dengan Jakarta. Kepada suami dan keluarga suami saya minta untuk akad nikah bagaimana pun juga saya ingin diadakan di Masjid. Jika pernikahan dan menjadi seorang muslim ini yang telah mengubah hidup saya dengan drastic dapat dilakukan di masjid, saya yakin kalau Allah akan melimpahkan berkatnya pada kami. Entah kenapa tapi saat itu saya benar-benar yakin.

 

Di masjid itu kami jadi pasangan Indonesia dan orang asing pertama di sana, dan banyak orang yang datang menghadiri akad nikah kami. Saya merasakan cinta dalam bentuk yang berbeda dari orang Indonesia yang telah menerima saya yang datang sendirian dan menjadi muslim seperti bagian dari keluarga. Mungkin ini yang disebut dengan persaudaraan semuslim.

 

7 tahun sudah berlalu sejak saya menjadi seorang muslim. Setelah tinggal di Indonesia selama 1 tahun dan kembali ke Jepang, pada awalnya saya tidak memakai jilbab. Saya mulai memakai jilbab 6 tahun yang lalu, bersamaan dengan saat terjadinya kecelakaan pesawat 11 September. Media massa memang langsung mengucilkan agama Islam, tapi saya sama sekali tidak merasa malu. Saya berpendapat kok mereka aneh menyamakan Islam dengan teroris. Berpikir begitu, saya bahkan jika keluar rumah tanpa jilbab, saya justru jadi malu. Dengan memakai jilbab saya jadi merasa terlindungi dan aman.

 

Begitu mendengar tekanan yang dirasakan para muslim di Amerika, kedua orang tua saya mencemaskan saya yang keluar dengan mengenakan jilbab dan takut kalau orang tahu saya mulim saya akan diperlakukan secara tidak sopan. Selain mencolok dan memerlukan keberanian diri, tapi entah kenapa saya merasakan keamanan, sama seperti halnya mengenakan pakaian. Kedua orang tua saya pun sepertinya sudah terbiasa dengan jilbab yang saya kenakan.

 

Tapi dalam keluarga Jepang sepertinya masih butuh waktu lagi untuk dapat menerima Islam sebagai agama diri sendiri. Pada awalnya mereka memang sangat menentang, tapi syukurlah mereka sekarang bahkan sangat memperhatikan makanan kami. Ibu saya berkata, “Saling memahami, dan itu melewati dinding agama maupun ras.”

 

Saat bertemu dengan teman orang Jepang sekalipun saya selalu membiasakan diri untuk pergi dalam busana muslimah, karena kita tidak tahu siapa tahu akan ada kesempatan saya bisa memperkenalkan agama Islam. Untungnya teman-teman saya sudah tahu kalau sudah sejak lama saya mempelajari agama Islam, dan mereka terus berteman dengan saya tanpa ada prejudice. Saat ada jamuan kami sekeluarga juga diundang. Saya beruntung bisa memiliki teman yang saling memahami. Saya yakin jika teman dan keluarga di sekitar saya dapat memahami Islam sedikit demi sedikit, gambaran mengenai agama Islam juga akan berubah.

 

Saya sering mendengar dari orang Jepang kalau Islam itu mempunyai imej yang lebih menakutkan. Begitulah bukti betapa Islam sangatlah asing bagi orang Jepang. Tapi ajaran Islam sesungguhnya amatlah mirip dengan ajaran moral yang dipercaya orang Jepang dahulu. Karena dunia jadi begini praktis dan mungkin banyak orang Jepang yang sudah lupa, saya merasa mungkin Islam sangat cocok untuk orang Jepang. Bagaimana menurut saudara-saudari sekalian?

 

Yang saya cemaskan sekarang adalah pendidikan agama Islam untuk kedua putra saya. Berhubung saya sendiri bukan muslim dari lahir, pengetahuan saya tentang Islam pun terbatas, dan selalu cemas apakah saya mengajarkan hal yang salah kepada anak-anak. Soal diri sendiri saja saya masih bingung, tapi banyak juga yang datang dan meminta pendapat saya. Sebagian besar dari para wanita Jepang yang menikah dengan orang Indonesia. Seharusnya jadi tempat bertanya, tapi seringnya saya juga tidak tahu jawabannya. Di Fukuoka ada pertemuan iqro sebulan sekali antara suami istri orang Jepang dan Indonesia, dan kami juga melakukan belajar agama Islam bersama. Tapi akankah baiknya jika ada kesempatan buat para istri yang orang Jepang yang sama sekali tidak tahu apa-apa mengenai Islam dapat mempelajari Islam dengan mudah dalam bahasa Jepang. Saya yakin para ibu-ibu orang Jepang akan merasa sangat tertolong. Jika masjid sudah ada, saya akan amat senang jika saudara-saudari sekalian dapat menolong para ibu-ibu Jepang yang walau sudah masuk agama Islam tapi masih belum begitu memahami tentang agama Islam. Saya mohon bantuannya.

 

Ceritanya jadi panjang, dan sepertinya akan saya akhiri sampai di sini. Jika ada pertanyaan saya dengan senang hati akan mencoba menjawab. Saya juga minta maaf jika ada salah perkataan. Saya sangat bersyukur sudah dikaruniai waktu ini bisa berbagi dengan saudara saudari sekalian di sini.

 

Semoga berkah dan ridho dari Allah SWT, dilimpahkan untuk kita semua

 

Wassalamualaikum wr. wb